大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(むのイ)612号 決定

主文

本件各準抗告の申立はいずれもこれを棄却する。

理由

(当裁判所の判断)

一、本件各差押許可の裁判と差押状況

当裁判所取寄せの一件記録、申立会社代理人提出の疎明資料、下谷税務署長作成の上申書、上申補充書によれば次の事実が認められる。すなわち、昭和四二年九月二一日下谷税務署収税官吏安藤敏雄は申立会社である吉川貴金属宝石株式会社に対する物品税法違反けん疑事件に関し同会社建物、同会社代表取締役勝田輝昭方、取締役吉川豊弘方、同茅原信良方および従業員吉川卓治方において捜索差押をするため、けん疑事実の概要を「吉川貴金属宝石株式会社は貴金属宝石類の販売を業としているところ、(一)昭和四二年四月二七日当時同会社販売場において所持していた物品税課税物品であるプラチナ台ダイヤ入指輪他四一点(価格一四、四七一、〇〇〇円)を制規帳簿に記載せず、(二)昭和四一年二月一日から同四二年八月八日までの間に前記販売場において現金で販売した物品税課税物品であるプラチナ台ダイヤ入指輪他二六五点(価格八、一二〇、七〇〇円)についてその販売先の住所、氏名を制規帳簿に記載しないでこれが取引事実を隠ぺいし、もつて物品税法三六条の規定に違反したものである。」として、疎明資料を添えて台東簡易裁判所裁判官に対し捜索差押許可状の発付を求めたので、同日、同裁判所裁判官鈴木恒は国税犯則取締法二条に基き、犯則けん疑者を「吉川貴金属宝石株式会社」、犯則事件名「物品税法違反」差押物件「吉川貴金属宝石株式会社の物品税法違反けん疑事件に関する帳簿、書類、伝票、メモ、手帳」とする捜索差押許可状五通(捜索場所毎に各一通)を発付した。そして同月二三日収税官吏丸重絃一らは右許可状によりそれぞれの場所の捜索を行つた結果茅原信良方を除く四ケ所において、同年一〇月二三日付準抗告申立書添付の差押目録記載の物件(目録第一の申立会社における一七七項目六〇四点、目録第二の吉川卓治方における四項目四点、目録第三の勝田輝昭方における六項目八点、目録第四の吉川豊弘方における一六項目六五点、以上合計二〇三項目六八一点)をそれぞれ差押え、その中から後に別紙還付物件一覧表記載の二一項目六四点の物件については差押を解除されて還付されたが、その余の物件についてはいずれも差押はは現に継続中のものである。

(もつとも差押目録第一の申立会社における差押物件のうち番号五二、五八、五九、六〇、六九、七二の物件合計一四点は申立会社からの請求により日常業務上特に必要とみなされて返還され、現在申立会社において原状不変更を条件として保管を命ぜられているものである。)

二、本件準抗告の適法性について

本件捜索差押許可状はいずれも国税犯則取締法(以下単に国犯法と略称する)二条により裁判官が発付したものであるが、この差押許可の裁判および許可状に基き収税官吏の行つた差押処分に対して準抗告の申立が許されるものであるかどうかについて案ずるに、国犯法二条が定められたのは憲法三五条の趣旨に則り収税官吏は裁判官の発する令状によつてのみ私人の住居等に立入り、国税犯則事件の調査のため捜索差押をすることができるものとして、国民の基本的人権を保障しようとしたものであることは明瞭であるところ、同じように捜索差押についての令状主義を規定して私人の基本的人権を保障している刑事訴訟法(以下刑訴法と略称する)においては、その四二九条に押収又は押収物の還付に関する裁判に不服がある者は一定の裁判所にその裁判の取消又は変更を請求することができる旨を、さらに同法四三〇条は検察官、検察事務官又は司法警察職員がした押収若しくは押収物の還付に関する処分に不服がある者は一定の裁判所にその処分の取消変更を請求することができる旨を定めて救済の途を開いているのにかかわらず、国犯法には何らこれに類する規定がないため果して準抗告が許されるかどうかについて若干の疑問が生ずることは免れ難いところである。

そして、これを否定する考え方は、(1)国犯法には準抗告についての規定がなく、却つて同法一八条は犯則事件を告発した場合には差押物件等を検察官に引継ぐべきことおよび引継があつたときは当該物件は検察官が刑訴法の規定により押収したものとする(従つて反面解釈として引継前は刑訴法の規定による押収ではないことになる。)旨の規定があること、(2)国犯法による収税官吏の行う犯則事件の調査手続の性格が司法警察職員の行う刑事手続とは異なるのみでなく、特に間接国税については通告処分の制度があつて、犯則者が任意に履行すれば犯則事件は終了してしまうもので、実際上も間接国税犯則事件の九〇パーセント以上が告発を待たずに処理せられてしまう点からも行政処分の性質を有するとみるべきこと、(3)国犯法上の押収又は押収物の還付に関する収税官吏の処分に付する不服申立方法としては行政事件訴訟法による行政訴訟および執行停止の途が開かれているからそれ以上に準抗告を認める必要がないことなどを根拠としていると思われる。

しかしながら、(一)国犯法が収税官吏の犯則事件調査のための捜索差押につき特に裁判官の許可にかからしめた所以が国民の基本的人権を保障せんとしたことにある以上はその裁判に不服があつてその取消、変更を求めんとする者がある場合に不服申立の途を途絶することはいかにも不自然であつて(令状主義を定めたことだけでも司法的抑制の目的は達成されるからその裁判に対する不服申立の途までを開くことは必ずしも必要ではないという見解もあり得るけれども、捜索差押ということは私人の権利に対する国家権力の重大な侵害であるから令状裁判自体の瑕疵に対する適切な救済の途がなくしては国家権力の行使に対する基本的人権の保障があつたとは到底言い難いのであり、さればこそ刑訴法四二九条は準抗告という迅速な不服申立方法を定めたのである。)、むしろ性質上類似した刑訴法四二九条の準抗告の規定の準用を認めるのが相当であるということも考えられ、このことは直接国税事件について告発のあつた場合は勿論、間接国税事件について通告処分が履行せられずして告発が行われた場合にも告発後においては当然準抗告が許される(国犯法一八条の解釈)ことから見ても当然であると言うべきである。なぜならば捜索差押を受ける者の立場からは刑訴法によるものであろうと国犯法によるものであろうと私人の権利の侵害である点では全く差異はないのであるから、ひとしく憲法の趣旨に従つて保護を受けるべきものであるからである。

(二)次に国犯法による犯則事件調査手続の性格についてみると、まず直接国税に関する犯則事件調査はもつぱら告発を目的として行われ、調査の結果収税官吏が犯則ありと思料するときは告発の手続をとらなければならず、告発により検察官に差押物件が引継がれることになり、しかも該物件は検察官が刑訴法の規定により押収した物とされることからみても実体においては刑事手続と異るところはないと言わなければならない。ところで間接国税の犯則事件に関しては通告処分制度が存在するからその調査はなるほど行政手続的性格を持つように思われる節もないではないが、その点については直接税事犯の場合をも通じて総合的、統一的に考えなければならないのであつて、元来税法犯は時代の変遷によりその社会的、法律的評価を異にしてきたものであるところ、国民の納税義務が重視せられる現在においては直接税事犯は勿論、間接税事犯についても悪質なものに対しては懲役刑が規定されて次第に刑事犯的性格を強めてきており、もはや純粋に行政犯とは見られない面があるのである。そうした見地から間接税の通告処分の性格を考えてみるならば、通告処分は罰金等に相当する金額、没収品に該当する物品の納付を犯則者に通告し、その任意の履行により実質的には刑罰権を行使したのと同様の効果を得ようとするものであり、これには公訴時効中断の効果や履行した場合に公訴権消滅の効果も認められ、かつ不履行を契機として告発に発展するものであることからみても通告処分自体が行政庁の行う一種の科刑手続であつて一定の場合には刑事訴訟手続に移行する手続の一環を構成しているものと言い得るのである。されば通告処分制度があるからといつて間接国税犯則事件の調査について行政手続的性格があることを強調するのは妥当ではないし、間接国税と直接国税とによつてそれぞれその犯則事件調査手続の性格を別異に解する合理的理由もないのである。

(三)否定説は行政訴訟と執行停止の制度により違法な差押処分に対する救済は十分であるとするけれども、行政訴訟は三審の手続を経るため最終の結論が出るまでに長期間を要し急速な救済が得られない欠点があるのみならず、執行停止については差押のように一回的な執行により最終目的が実現せられて完全に完結し何らの継続的な行為を必要としない処分についてそもそも執行停止が可能であるかどうかに疑問があり、仮に原状回復が可能な行政処分については処分の効力の停止が可能であるという説をとるとしても、既に差押によつて収税官吏の占有に移つた物件について処分の効力の停止により原状回復をするとすれば、該物件を被差押人に還付しなければならないことになるけれども、現実の問題としてもし還付することになればほとんど調査不能となつて事件がつぶれてしまい、後に本案において差押処分の適法性が認められたとしても回復できない結果となるから行政庁にとつても却つて不利益であり、準抗告を認める場合にはさような事態が回避されつつ差押裁判の当否は勿論その執行処分についても迅速かつ確定的に審査が行われるのに比較すれば、救済手続としての価値にかなりの差があると言わなければならない。(なお刑訴法を準用して準抗告の申立を許すとなれば、同法四三〇条三項により行政事件訴訟法の適用が排除されることになるが、行政訴訟が排除されても国民には格別の不利益はないと認められるのである。)

これを要するに国犯法二条に基づく差押に対して準抗告が許されるか否かを判断するに当つては、国犯法二条の立法の基礎となつた憲法三五条の令状主義の精神を考え併せて、国税犯則事件調査の便宜とこれによつて自由権、財産権を侵害される私人の不利益を比較衡量した上で正しく論定しなければならないのであるが、刑訴法が刑事手続に関する差押の裁判およびその執行について準抗告による不服申立制度を設けたのはそれにより迅速的確な救済が得られるためであることを考えると、さような救済の必要性が厳密な意味の刑事手続に限られるものではなく国犯法に基く犯則事件の調査のための差押についても存する以上は準抗告を準用するのが相当であると言うべきである。このことは国犯法に基く差押が告発を契機として将来刑事手続に移行する可能性があること、従つて告発前においてもさような実質を潜在的に帯有することからみてむしろ当然とも解せられるのであり、この有効適切な方法を途絶して行政訴訟に一切を委ねることはそれが三審制の建前上急速な解決を困難ならしめること、執行停止も前叙の如く効果的に行い得るや否や疑問があること、さらに告発があると改めて準抗告が必要になるかについて疑問があること等に徴しても不適当であるとせざるを得ない。否定説は主として体系的立場を根拠とするものの如くであるが、事の実質を考えかつ国家の行政上の便宜と国民の権利保護という双方の要請の妥当な調和を可及的迅速にはかる立場に立てば自ら準用説に傾かざるを得ない。よつて当裁判所は本件各準抗告の申立は適法であると解する。

三、差押許可の裁判が違憲、違法であるとの主張について

(一)  申立代理人は、原裁判官が犯則けん疑が十分疎明されていないにもかかわらず捜索差押を許可し、本件各令状を交付したことは憲法三五条に反すると主張するけれども、一件記録によれば、本件令状請求に際しては裁判官に対し必要な資料が提供され、申立会社の物品税法違反のけん疑は疎明されていたことが認められ、本件各令状が正当な理由に基いて発付されたものであるということができるから、右主張は理由がない。

(二)  申立代理人は、本件五通の捜索差押許可状に犯則事件名として「物品税法違反」と記載してあるにとどまり犯則けん疑事実が記載してないことは国犯法二条四項後段の明文に反しており、又単に物品税法違反というのみでは罪名の特定が不十分であつて、差押物件の明示を要求している憲法三五条にも反することになるから結局本件捜索差押許可状五通はいずれも違憲、違法な令状である旨主張する。

国犯法二条四項は、裁判官が差押許可状を発布する場合その許可状には犯則けん疑者の氏名及び犯則事実が明らかであればこれを記載しなければならない旨規定しているがその目的とするところはこれらの記載によつてできるだけ捜索差押の範囲を明確にして特定の犯則けん疑事件について収税官吏に附与すべき捜索差押権限の範囲を限定し、収税官吏が不当に広範囲に亘り探索的な捜索差押をしたり令状を他の犯則けん疑事件に流用したりすることを防止し、もつて私人の自由権と財産権を保障する趣旨であると考えられる。しかしながら犯則けん疑事実の記載は国犯法二条四項の文言自体からも明らかであるように、差押をなすべき物件、請求者の官職、氏名、有効期間、裁判所名の記載や裁判官の記名捺印とは異り、絶対的な必要記載事項とはせられないで「明らかであるときは」という修飾的文言が付されているところからみて訓示的な趣旨と解せられるのみならず、元来厳格な手続を要求している刑訴法においてさえその二一九条では差押許可状に「罪名」と「被疑者」の記載をもつて被疑事件を特定するにとどまり、被疑事実の記載は要求していないことや又特別法違反事件に関しての差押許可状には通例「何々法違反事件」とのみ記載しているにもかかわらず(その妥当性はともかく)判例上違法とまでされていない(昭和三三・七・二九最決刑集一二・一二・二七七六)ことを考えると、国犯法においてもむしろ差押物件自体の特定こそ重要な問題なのであつて、犯則けん疑事実の記載がないからといつて直ちに違法とまで言うことはできないと考える。確かに物品税法違反といつても、物品税法上数種類の犯罪構成要件が規定されているのであるから、他の物品税法違反の罪と区別して特定し、差押物件の範囲をより限定するために裁判官は犯則けん疑事実が明らかである以上これを許可状に記載すべきではあるけれども、それが記載されなかつた場合にいかなる効果を生ずるかはまた別個に判断すべきものであつて、前記のような諸事情を考えかつ刑訴法と対比してみるとこれをもつて違法無効な許可状であるとまでは断じ得ないのである。又憲法三五条が基本的人権の保障のために重視しているのは捜索の場所及び押収物件の特定性であり被疑事実或いは犯則けん疑事実の記載はそれを限定する手掛りとしての二次的な意味を持つに過ぎないことを考えると、この記載がないからといつて場所又は物件の特定性に欠けるところがない以上違憲になるものとは考えられない。

従つてこの点に関する申立代理人の主張も採りえない。

(三)  申立代理人は、本件各令状には犯則事件名として「物品税法違反」、差押えるべき物として「吉川貴金属宝石株式会社の物品税法違反けん疑事件に関する帳簿、書類、伝票、メモ、手帳」と記載があるのみで、差押物件が特定されていない旨主張する。

国犯法が差押許可状に差押をなすべき物の明示を要求する理由はこれによつてできる限り差押の目的物の範囲を限定して必要以上に私人の財産権が侵害されることを防止するとともに、現実に執行に当る収税官吏が差押えるべき物の判定に困惑することなからしめ併せて差押を受けるべき者が収税官吏の権限の踰越に対して直ちに異議を申し述べ得るようにするにあるものと解せられる。そしてその趣旨からすれば差押物件が文書である場合にはなるべく個別的かつ具体的に特定がされることは望ましいけれども、実際には捜索差押にとりかからんとする段階においては、多数の文書を細目にわたり個別的に特定することを要求するのは不可能であり、刑訴法による捜索差押についてもこのような観点から一方では捜査遂行の可能性を、他方では財産権保護の要請を考えて両者の間に調和をとつて運用しなければならないとされ、従来の裁判例の多くがある程度ゆとりのある概括的記載方法を許容したのである。本件についてみても従来の裁判例の傾向に照し、前記の程度の記載がある以上差押物件については完全でないにしても必要な特定はなされていると考えられるから結局申立代理人の主張は採用しない。<以下省略>(熊谷弘 山田和男 永井紀昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例